アメリカ・ユタ州のAI処方システムの、現在の状況は?
元記事:Is AI ready to take over your prescriptions? Doctors are wary of Utah’s automated refill program
こちらの記事は、アメリカ・ユタ州で始まったAI処方システム「Doctronic」に関する続報になります。
以前、Doctronicが何者なのかを解説した記事を投稿しましたが、その中ではざっくりと以下のようなことをお伝えしました。
- 医師が不足している状況や受診アクセスが悪い状況でも、オンライン環境におけるAIの「再診」と医薬品の郵送により、受診が途切れることなく治療が継続できる可能性がある。
- AIが処方の継続の可否を判断するにあたって、必要な情報が拾えなかったり、逆に本来不要な情報を参考にしてしまったりすると、健康被害に発展する可能性がある。
- ユタ州がAIによる処方を認めても、薬事関係・医療機器関係・医薬品の販売関係の連邦政府の規制と衝突する可能性がある。
- AI処方システムが便利だからという理由で先に普及してしまうと、後から規制しようとしても止めにくくなる。
- 「症状が落ち着いているのに、特定の医薬品が漫然と長期投与される」「副作用の原因と疑われる医薬品の服薬を継続したことにより、健康状態が悪化する」といったリスクもあり、医療資源の浪費につながる可能性がある。
- Doctronic側が提供したエビデンスの評価方法に、疑問点がある。
これらの内容を踏まえて、ユタ州の商務省の資料 [1] [2] [3] も見ながら、現在の実証実験がどのような状況なのかを見ていきます。
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2026年7月13日現在の状況
少なくとも現在は、AIが新たに処方する段階ではない
For the entirety of these pilots, these AI tools are only permitted to renew existing prescriptions ordered by a licensed physician. New prescriptions or changes in dose or frequency must be ordered by a licensed physician.
(これらのプログラムの期間中は、AIツールは医師が処方した既存の処方を更新することのみが許可されている。新規の処方、あるいは投与量や投与頻度の変更については、医師による新たな処方が必要となる。)
Office of AI Policy: Doctronic RMA「Utah Office of Artificial Intelligence Policy」
“https://commerce.utah.gov/ai/regulatory-relief/authorized-ai-pilots/doctronic/” Prescription Renewals FAQs より一部引用、日本語訳を追加
前回の内容とも重複しますが、ユタ州の実証実験はAIが診察して新たに処方する仕組みではなく、慢性疾患の治療中で経過が安定している人の「定期処方(30日分、60日分、90日分)」を同じ内容で更新することのみが許可されています。
現在は、医師が全ての処方を確認している
The pilot remains in Phase 1, in which all prescription requests require authorization by a licensed medical practitioner.
(この実証実験は引き続き第1段階にあり、すべての処方(更新)の依頼には、医師による承認が必要となる。)
Office of AI Policy: Doctronic RMA「Utah Office of Artificial Intelligence Policy」
“https://commerce.utah.gov/ai/regulatory-relief/authorized-ai-pilots/doctronic/” より一部引用、日本語訳を追加
つまり、今のDoctronicは完全自律型のAI処方システムというより、処方の更新に必要な情報を収集して、継続可能かどうかを医師へ提案するシステムに近い状態です。
ただ、一定の条件を満たして第2段階に移行すると、AIが処方の更新内容を直接薬局へ送れるようになると説明されています [1] 。さらにユタ州商務省の回答書によると、第3段階ではAIが半自律的に処方を更新し、人間による監督は「無作為に抽出されたAIの出力を確認する方式」に移行する予定のようです [2] 。
運用開始後5か月が経過した現在の状況は
Doctronicの運用開始後5か月が経過した2026年5月、ユタ州はDoctronicに関する運用レポート [3] を公表しました。
その結果は、以下のようになっています。
- 全体の72%について、AIが処方の更新を推奨した
- 残りの28%は、AIが医師に判断を引き継いだ
- AIが更新を推奨した事例の91%で、最初に確認した医師が同意した
- 残りの9%では、医師が検査値や症状などの追加情報を求めた
- AIが医師へ引き継いだ事例の69%(全体の19.3%)では医師も追加確認が必要と判断したが、残りの31%(全体の8.7%)では医師がAIの判断を慎重すぎると評価した
AIが医師に引き継いだ理由としては、「必要な検査が実施されていない」「合併症がある」「前回の診察から長期間が経過している」といったものが含まれていました。
以上の結果から、少なくとも第1段階では4人に1人の割合で医師に引き継いでおり、比較的慎重に動作していることが読み取れますが、AIが処方更新を推奨した事例の9%は最初の医師が「追加情報が必要」と判断していることから、「現場の医師の判断基準を十分に反映できているとまでは言えない」と考えるのが適切でしょう。
これまでに、重大な健康被害は報告されていない
To date, no serious safety incidents have been reported to the Office by either Doctronic or the public.
(これまでに、Doctronic社および一般市民からは、当事務所に対して重大な健康被害の報告は寄せられていない。)
Utah Department of Commerce「Doctronic AI Regulatory Mitigation Agreement」
“https://commerce.utah.gov/ai/regulatory-relief/authorized-ai-pilots/doctronic/” より一部引用
重大な健康被害は報告されていないとのことではありますが、事業はまだ第1段階で利用者数も限られていることと、現在は人間の医師がすべての処方の更新を確認していることを踏まえると、AI処方システム単体での安全性については現時点で評価することはできません。
ユタ州医師免許委員会の反応
Each refill requires reassessment and clinical decision-making to safely adjust doses, monitor for side effects, contraindications, or new drug interactions, and ensure the medication remains effective.
(処方の更新のたびに、投与量を安全に調整し、副作用や禁忌、新たな薬物相互作用をチェックし、薬剤の有効性が維持されていることを確認するために、再評価と医学的判断が必要となる。)
Utah Medical Licensing Board「Letter to Utah Department of Commerce Office of Artificial Intelligence Policy」
“https://commerce.utah.gov/wp-content/uploads/2026/04/doctronic-letter-from-medical-board.pdf” より一部引用、日本語訳を追加
Just because something was prescribed before does not mean it’s appropriate now.
(以前処方されたからといって、それが現在も適切であるとは限らない。)
AP通信「Is AI ready to take over your prescriptions? Doctors are wary of Utah’s automated refill program」
“https://apnews.com/article/ai-prescription-refill-utah-doctronic-fda-technology-cf94ce370c05f686e8792be8671a2ef0” より一部引用、日本語訳を追加
前回の記事でも触れましたが、DoctronicのAI処方システムは「患者さん側が自身の状態を客観的に評価し、申告できる」ことが前提のため、長期的に見るとAI処方システムによる継続処方はリスクにつながる可能性があります。
また、AP通信の記事によると…
The head of the state’s medical licensing board says he and his colleagues learned of the program when its January launch was reported in the news.
(ユタ州医師免許委員会の関係者がこの実証実験について知ったのは、1月の実証実験の開始がニュースで報じられた時だったと述べている。)
AP通信「Is AI ready to take over your prescriptions? Doctors are wary of Utah’s automated refill program」
“https://apnews.com/article/ai-prescription-refill-utah-doctronic-fda-technology-cf94ce370c05f686e8792be8671a2ef0” より一部引用、日本語訳を追加
このような報告がされており、ユタ州の医療専門職の免許と公衆衛生を担う委員会が正式な意思決定の過程に十分関与できていなかったことが事実なら、ガバナンス上の問題といえるかもしれません。
これに対してユタ州当局は、医療分野のAIに関する契約では、該当領域で診療に従事する医療専門家、公衆衛生の専門家、規制担当者に意見を求めており、Doctronicについても開始前に複数の医療専門家による審査を行ったと説明していますが [2] 、具体的に誰が関わったのかまでは明らかにされていません。
対象薬の見直し
安全上の懸念から、ブタルビタール(バルビツール酸系)含有薬とフレカイニドがDoctronicの対象薬から削除されたとも報告されており、今後もこのような形で対象薬などが随時見直されていくものと推測できます。
正解の基準は、処方医によって異なる可能性がある
先日紹介した論文では、医師の経験や日常的に勤務している環境によって、症例の解釈・治療方針の提案の評価の基準が変わってくる可能性がある [5] ことが示唆されましたが、これは今回紹介したAI処方システムの運用でも無視できない考え方です。
実際ユタ州のレポートでも、「2人目の医師による確認も含めると、AIの処方の更新提案の97%は、少なくともどちらか一方の医師が適切と評価した」と評価されており、最初の医師がAIの処方の更新に同意した割合が91%であったことを踏まえると、医師によってAIの提案に対する見解が一部異なっていたことが読み取れます。
これらの数値をどのように読むかは人それぞれかと思いますが、ユタ州の医師はおそらく1人ではないでしょうから、AI処方システムの実証実験を第2段階、第3段階に進めるにあたっては、この点は決して無視されるべきではないでしょう。
少なくとも現時点では、人間の医師を代替できるレベルとは言えない
先日の記事「アメリカ・ユタ州のAI処方システムは、人間の代替になりうるか」を投稿した時点では、「DoctronicのAI処方システムは人間の医師を代替できる水準に達しているとは言い切れない」と結論づけましたが、今回公表された情報を踏まえても、人間の医師を代替できる水準とはいえないでしょう。
今回のレポートでは、AI処方システムは一定数の処方の更新を適切に処理しつつ、検査不足や受診間隔などを理由に全体の約28%を医師へ引き継いだ [3] ことから、少なくとも無条件に処方の更新を承認するシステムではないことは読み取れます。
しかし、これは人間の医師による全件確認を含む体制のもとで得られた結果であり、AI単独で処方更新を行った場合の妥当性・安全性は十分に確認されていません。
加えて、先日の記事でお伝えした課題(システムへの入力、LLMならではのリスク、セキュリティ、エビデンスの妥当性)も依然残ったままです。
ゆえに、私はDoctronicのAI処方システムに関して、現時点では「人間の監督下で処方の更新の一部を支援するAI」と位置づけるのが適切と考えます。
ただ、エビデンスに関しては、ユタ州はDoctronic所属の医師によるレビュー報告とは別の独立したレビューを開始したと説明しています [3] 。このレビューの結果によっては、Doctronicの立ち位置は良い方向にも悪い方向にも変化する可能性があります。
ユタ州のレビューがどのような結果を示すのか、今後の動向にも注目したいと思います。
参考資料
[1] Utah Department of Commerce「Doctronic AI Regulatory Mitigation Agreement」
https://commerce.utah.gov/ai/regulatory-relief/authorized-ai-pilots/doctronic/
[2] Utah Department of Commerce「DOPL and OAIP Response to Board Concerns with Doctronic AI Regulatory Mitigation Pilot」(2026年4月21日公開)
https://commerce.utah.gov/wp-content/uploads/2026/04/Medical-Board-Doctronic-Response.pdf
[3] Utah Department of Commerce「Key Statistics on the Doctronic Pilot Program: Assessment of the First Five Months from January Through April」
https://commerce.utah.gov/wp-content/uploads/2026/05/Doctronic-Outcomes-May-2026.pdf
[4] Utah Medical Licensing Board「Letter to Utah Department of Commerce Office of Artificial Intelligence Policy」
https://commerce.utah.gov/wp-content/uploads/2026/04/doctronic-letter-from-medical-board.pdf
[5] Shi, P et al. “Physicians and artificial intelligence diverge in evaluating large language models on real clinical cases.” npj Digital Medicine (2026)
https://doi.org/10.1038/s41746-026-02942-6