AIは過去の論文から、未知の遺伝的つながりや相互作用を見つけられるか
元論文:Hakken: Predicting future discoveries to fill the gaps in today’s knowledge
今回の研究は、まだ報告されていない生物学的関係(遺伝子などのつながりや相互作用)に関して予測するAI「Hakken」を開発し、実際に3件の仮説を細胞実験で検証したものになります。
「Hakken」の仕組み

(論文の内容をもとにMermaidで作成)
出典:Besold et al. (2026), Hakken: Predicting future discoveries to fill the gaps in today’s knowledge.
Hakkenは、論文に登場する遺伝子や薬剤などについて、何と何がどのようにつながっているかを整理してナレッジグラフ(今回の研究においては、遺伝子や薬剤の関係を点と線で表した図)を作成します。
そして、そのナレッジグラフや過去の論文をもとに、以下の2つの機能が稼働します。
- THiGERLLM
生物学的関係を予測する部分です。ナレッジグラフの構造とそのつながりが時間とともにどう増えてきたかを学習し、LLMが読む論文の文章の情報を組み合わせ、対象同士にどのような関係がありそうかを予測します。
LLMにはMistral-7B-Instruct-v0.3が使われました。 - PHELInE
THiGERLLMの予測に、どのような既存の知識が関わっているかを示します。例えば、ある情報を取り除いたときに予測のスコアがどれだけ下がるかなどを、元の予測モデルに近い働きをする別のモデルを使って検証します。
研究者はこの説明を手がかりにして、予測の根拠や実験で確かめる価値を検討することができます。
今回の研究では、過去の論文を学習したAIが、その後の論文で報告された関係をどれだけ予測できるかが評価されました。
さらに、専門家が選んだ仮説をヒト由来の細胞株でも検証し、予測された関係を支持するような結果が得られるかも調べています。
結果
1. 関係を拾い上げる「再現率」は改善された

Besold et al. (2026), Hakken: Predicting future discoveries to fill the gaps in today’s knowledge.
THiGERLLMのmacro再現率(正しい関係を拾えた割合)は、従来モデル(THiGER)より14.59ポイント高くなりましたが、macro F1の差は0.18ポイントにとどまり、macro適合率(予測した候補の正確さ)やweighted F1(出現頻度に応じたF1スコア)、平均nDCG(順位付けの質)は従来モデルの方が高いポイントを記録しました。
この比較から、多様な関係を拾い上げる再現率と候補を絞る適合率はトレードオフの関係になっていることが読み取れます。また、先述の通りmacro F1の差は0.18ポイントであり、その差の信頼区間や反復試行のばらつきなどは示されていないため、明確にTHiGERLLMが優れているとまでは言えません。
2. 時間が離れても、後年に報告された関係の一部を予測できた

Besold et al. (2026), Hakken: Predicting future discoveries to fill the gaps in today’s knowledge.
過去データの検証では、1990年、2000年、2010年を起点にして、その後10年間の予測を2年ずつの区間に分けて行いました。
その結果、2010年を基準にした場合、直後の2年間のmicro再現率は0.711、8年〜10年の区間では0.645でした。
【補足:micro再現率とmacro再現率】
micro再現率:すべての種類のデータをまとめて、正しい関係をどれだけ拾えたかを計算します。件数の多い種類の影響を受けやすい指標といえます。
macro再現率:種類ごとに再現率を計算し、それらを平均します。件数に関係なく、各種類を同じ重みで評価できる指標といえます。
例えば、100件ある種類Aで90件、10件ある種類Bで1件を拾えた場合…
micro再現率:拾えた合計91件 ÷ 全件数110件 = 約82.7%
macro再現率:(Aの90% + Bの10%)÷ 2 = 50%
…となり、macro再現率を見ることで、件数の少ない種類Bの結果をうまく拾えていないことが全体の評価に反映されます。
時間が離れるほどmicro再現率は低下しましたが、スコアを無作為に割り当てた場合よりは高いmicro再現率となっていました。
3. 専門家が選んだ3件のうち2件で、生物学的関係を支持できる結果が得られた
今回の研究では、老化に関連する対象から、信頼度の閾値を超えた1,543,297件の仮説が得られました。著者らはそこから既知の関係の除外や上位の候補への絞り込みによって件数を2,804件に減らし、その後興味深さや関連性を評価した結果、最終的に3件の仮説が選ばれました。
個々の実験に関する解説は省略しますが、この3件の仮説のうち、「TP53がBAMBIの発現に影響するのではないか」「RAF1がTNFの発現を低下させるのではないか」という仮説に関しては、一定の生物学的関係を支持する結果が得られたと判断されました。
また、(PHELInEが生成した)仮説に添えられた説明に関しては、研究者からは概ね好意的に評価されていますが、PHELInEの説明の正確さや効果自体は検証されていません。
結果を簡潔にまとめると
- AIが、後の論文で報告される生物学的関係の一部を予測できることが示唆されました。 遠い未来になるほど予測は難しくなりましたが、スコアを無作為に割り当てた場合より多くの関係を見つけられました。
- 新しいモデル(THiGERLLM)は、さまざまな種類の関係を拾う能力が改善しました。 一方、予測した候補の正確さなど、従来のモデルの方が優れている点もありました。
- 専門家が選んだ3つの仮説のうち2つの仮説で、生物学的関係を支持する実験結果が得られました。
- AIが示した候補を研究者が選び、実験で確かめる流れを実践することができました。
加えて著者らは、「Hakkenが新規医薬品の開発や既存薬の新しい適応の探索に貢献する可能性がある」と述べています。
注意点
- 3件は専門家が選んだ候補です。無作為抽出ではないため、2/3をAI全体の成功率とすることはできません。
- 著者は、LLMの事前学習に伴う情報の混入を完全には除外できないとしています。
Hakkenは、医薬品開発の基礎研究と相性が良さそう
著者らは「Hakkenは新薬の開発や既存の医薬品の新しい適応の探索に貢献できる可能性がある」と述べていますが、特に新薬開発のプロセスにおける基礎研究の段階と相性が良さそうです。
例えば、「新規の抗炎症薬」の基礎研究を考えると、Hakkenが「タンパク質Aと炎症に関連する分子Bの間に、まだ報告されていない生物学的関係がある」と予測することで、標的分子の同定に関する手がかりが得られるかもしれません。
ただし「有望な標的分子」と呼ぶには、その生物学的関係が再現できるだけでなく、標的の操作によって病態が望ましい方向に変わる必要があります。
さらに医薬品として完成させる段階では、その効果と安全性を両立できることも確認しなければなりません。
今回の研究は、AIが提案した生物学的関係を起点に、人間がその根拠や検証の可能性を確認して実験につなげる過程までを示した点に価値があると言えますが、今後従来の方法と比較して、有望な標的分子や化合物の発見につながりやすい可能性が示唆されれば、医薬品開発におけるHakkenの価値もさらに明確になるでしょう。