英国NHSの「AIトリアージ」とは?

元記事:NHS to use AI on its app to direct patients to appropriate services

英国NHS(国民保健サービス)は、公式アプリであるNHS Appに「患者さんを適切な医療サービスへ振り分ける、AIトリアージ機能」を導入すると発表しました。
今後12か月で20万人以上に提供し、2028年4月までに全てのNHS Appユーザーに展開される予定です。

案内先には、かかりつけの一般診療医(GP)、救急外来、地域サービス、セルフケアに加えて、薬局も含まれています。

導入の背景と成果

記事によると、英国では、診療所の受付開始時刻である午前8時にGPの当日予約を取るための電話が集中する「8am scramble」が問題になっているそうです。
NHSはこの問題に対して、電話の混雑を減らしてGPによる診療が本当に必要な人を早く受診させる目的で、NHS AppにAIトリアージ機能を追加しました。

その結果、サセックス州のWealden Ridge Medical Partnershipで行われた初期トライアルでは、GP予約のために電話で順番待ちをする患者さんが29%減少したと報告されています。

アプリは何をするのか

今回のアプリは、患者さんがアプリ上で質問に答えると、その回答に応じて次の質問が変化していく仕組みです。
この流れで患者さんの現在の状態をAIが把握し、AIが最も適切と考えられる場所を紹介しますが、場合によってはAIが患者さんから得た情報を医療従事者に渡し、診療の優先順位付けを支援することもあるようです。

つまり、AIが診断や治療方針の決定を支援する仕組みではなく、医療サービスにおける「デジタル問診・ナビゲーション機能」と位置付けるのが適切でしょう。

AIによる診療記録の作成支援も

今回の計画には、トリアージだけでなく、診察中の会話を記録して文字起こしや診療内容の要約を作成する「ambient voice technology」の全国展開も含まれているとのことです。
このambient voice technologyに関しても、NHSは以下のような成果を報告しています。

  • Great Ormond Street Hospital主導の研究では、医療従事者が患者さんと接する時間を約4分の1多く確保できたと報告されている。
  • St George’s Hospitalの救急部門では、記録にかかっていた時間を1勤務当たり平均47分削減できたと報告されている。

NHSは今後3年間で100億ポンドを投資し、AIだけでなく「仮想病院」「患者情報の一元管理」「デジタルリハビリテーション」「サイバーセキュリティ」などを含む大規模なデジタル改革を進めていく方針です。

現場からの指摘は

医療関係者からは、以下のような指摘が挙がっています。

  • AIの導入によって業務の効率化につながるのかどうかを判断できるだけの、十分な根拠が揃っていない
  • 不正確な記録や判断を医療従事者が修正することによって、業務が増える可能性がある
  • 患者情報(プライバシー)は適切に守られるのか
  • スマートフォンなどの操作が苦手な人が取り残されるのではないか
  • NHS全体の長期的なAI戦略が不透明
  • 地域ごとの断片的な導入に終わる可能性がある

先程紹介した「GP予約のために電話で順番待ちをする患者さんが29%減少した」という結果は、運用上の混雑の緩和が可能であることを示唆していますが、臨床現場における安全性が両立できているかどうかは分けて評価する必要があります。
例えば、仮に順番待ちの時間が減っても、不適切なトリアージによって現場で内容の再確認・修正が必要になると、患者さんと現場の双方の負担増に繋がる可能性があり、結果的に医療サービスの質の低下を招くかもしれません。

ゆえに、このような仕組みの評価をするにあたっては…

  • 緊急性が高いケースの見逃しや、不適切な案内の割合
  • AIの案内によって受診が遅れた事例
  • 年齢、障害の有無、言語、経済状況による格差
  • 医療機関で生じた再評価・修正作業の量
  • 患者さんの予後と満足度
  • 個人情報の適切な管理ができているか

これらを継続して評価していく必要があるでしょう。


責任の所在は人間に

少なくとも2026年7月10日現在、AIが責任を負うことはできません。そのため、何かが起こった時の責任は人間が取ることになります。

その時の状況によって誰が責任を取るのかは変わってきますが、少なくともAIトリアージの仕組み自体に瑕疵がなく、導入時のNHSの安全性の確認も適切であった場合、たとえ不適切なAIトリアージが健康被害に直結したとしても、恐らく人間の医療従事者が責任を負うことになると考えられます。

ゆえに、AIトリアージを運用するにあたっては、医療従事者には「限られた時間でAIの出力を適切に評価し、柔軟に判断できるスキル」が必要となるでしょう。

AIやDXに投資する前に…

Hospitals in England declare critical incidents as machines and IT fail in heat

こちらの記事は、2026年6月下旬の記録的な猛暑により、イングランドの複数のNHSの病院で冷却設備、医療機器、ITシステムが同時に不調となり、通常の診療体制を(一時的に)維持できなくなった問題を報じたものです。

NHS Englandは、2025年の「4th Health and climate adaptation report」で「熱波によって病院の過熱や医療サービスの中断に至る可能性がある」ことに言及してるため [1] 、少なくともその危険性は認識していたものと推測できます。

先程NHSがAIやデジタル化へ大規模な投資を行うことについてお伝えしましたが、高度なシステムを導入しても、猛暑でサーバーや機器が停止すればデジタル化の効果を発揮できませんし、そのような環境は患者さんや医療従事者にとっても非常に苦痛であるはずです。
ゆえに、AIに投資する前に、医療機関として最低限安定して医療サービスを提供できる環境を整えることを最優先に考えるべきでしょう。


参考資料

[1] NHS England「4th Health and climate adaptation report」
https://www.england.nhs.uk/long-read/4th-health-and-climate-adaptation-report/

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