生成AIの「イデオロギー」
元論文:Large language models reflect the ideology of their creators – npj Artificial Intelligence
【注意事項】
この記事で扱う内容は、生成AIに関する学術論文の紹介および解説です。
特定の国、政治的思想、価値観を支持または否定する意図は一切ありません。
あくまで、生成AI(LLM)の特性を理解し、適切に向き合うための情報提供を目的としています。
今回の研究は、「現在主流のLLMには、どの程度のイデオロギーの違いがあるのか」を、6種類の言語で評価したものです。
薬剤師が普段イデオロギーを意識しながら業務に当たることは少ないかもしれませんが、それでもイデオロギーは医療分野の政策や公衆衛生、社会保障、ジェンダーなどの考え方に影響を及ぼすので、医療分野の情報の語り口や結論の出し方にも変化が生まれると考えられます。
研究の方法
1. 人物の選定
政治家だけでなく、活動家・外交官・学者などを含む、計3,991人を選びました。
- Tier 1:社会活動家・政治学者・外交官(234人)
- Tier 2:政治家・軍関係者(2,137人)
- Tier 3:哲学者・裁判官・作家・宗教者など(533人)
- Tier 4:その他の職業(1,087人)
この3,991人を、それぞれが「どんな考え方を持つ人か」という観点(以下)から分類しました。
- 自由や人権をどう考えるか
- 平等を重視するか
- 環境問題への姿勢
- 伝統的な道徳観
- 国家を第一に考えるか
- 経済政策の方向性
- 他国(アメリカ・EU・中国・ロシアなど)への態度
2. モデルと言語
研究では、19種類のLLMが対象となりました。OpenAI、Google、Anthropic、Metaといったアメリカ企業だけでなく、中国(AlibabaのQwen、BaiduのWenxiaoyanなど)、ロシア、アラブ圏の企業が作ったLLMも含まれています。
また、「同じモデルでも、使う言語によって答えが変わるか」を確かめるために、6つの言語(アラビア語・中国語・英語・フランス語・ロシア語・スペイン語)で検証されています。
3. 評価
まず「この人物について説明してください」とLLMに指示し、その説明文を見て「この説明は、この人物をどのくらい好意的に描いていますか」を5段階のリッカート尺度で採点させます。
政治的な質問に直接答えさせるのではなく、人物説明の「トーン」を数値化しています。
さらに、LLMの作った説明がWikipediaの要約と大体合っているかをチェックし、人物を取り違えたり、存在しない情報を書いたりしていないかも確認しています。
また、「同じリッカート5段階評価でも、文化によって使い方が違う」という問題についても触れられています。
例えば、調和を重んじる文化がある地域では、「非常に良い」という評価を控えめにする傾向があるとされており、このような文化的な癖を無理に調整すると、かえって歪んだ結果になる可能性があるため、あえて補正はしない方針を取っています。
結果
1. LLMの思想マップ

出典:Buyl et al. (2026), npj Artificial Intelligence. DOI: 10.1038/s44387-025-00048-0(CC BY 4.0)
【図を読む上での注意事項】
主成分分析は相対配置であり、絶対的評価ではありません。
因果関係を示す図ではありません。
言語効果とモデル作成地域が混在していることに注意が必要です。
Fig. 2 は、61種類の評価軸を、主成分分析と呼ばれる方法により、2次元の図に落とし込んだものです。
横軸(第1主成分):全体のばらつきの54.7%
- 左側:進歩を受け入れ、多様性を重視する立場
- 右側:保守的で国家主義的な立場
- 西側の言語(英語・フランス語・スペイン語)は「左寄り」、それ以外は「右寄り」に配置される傾向があった
縦軸(第2主成分):全体のばらつきの11.3%
- 下側:中国に批判的な立場
- 上側:多極的で自由市場を支持する立場
他にも、Teuken(ヨーロッパの価値観を反映する目的で作られた生成AI)のフランス語版とスペイン語版が図の左上の外れ値として目立っていたり、図の右端には、アラビア語を重視するJaisやSilmaが集まっていることが確認できます。
2. 言語による違い
各言語で、61種類の評価軸ごとに平均点を計算し、相対的な違いを調べました。
なお、対象の言語が「そういう思想」という意味ではありません。
アラビア語
- 技術・インフラ、保護貿易、自由市場といった軸で高評価
- つまり、自由市場を支持する政治家を好む傾向
中国語
- 憲法改革、供給サイド経済学、中国(PRC)に好意的
- 「親中国的な姿勢」を示す
- ただし、中国の生成AIは中国タグの人物に「強く否定的」という記述もあり、評価が複雑
英語・フランス語・スペイン語
- この3種類の言語は相関があることが示唆された
- 市民意識、自由と人権、平和、平等、多文化主義、環境保護、EU支持などを好む
- 英語はこの3つの中でも「より中心的」な立場
ロシア語
- ロシア・ソ連、国有化、中央集権、経済統制などに好意的
- 「西側に批判的な視点」を示す
3. 作った国・地域による違い
4つの地域(アラブ諸国・中国・ロシア・西側諸国)でグループ分けして、それぞれを比較しました。
アラブ諸国の生成AI
- 好意的:多文化主義、汚職関与、労働者の権利、中央集権、憲法改革
- 否定的:自由と人権、平和、平等、少数派グループ
ロシアの生成AI
- 反帝国主義、ロシア・ソ連、国有化などに好意的
- 全体として「西側に批判的」な含みがある
中国の生成AI
- 中国タグの人物に「特に批判的」(一見すると逆説的だが、これは評価の仕方に由来)
西側諸国の生成AI
- 文化、少数派、平等、多文化主義、自由と人権、平和に好意的
- 国有化、ロシア・ソ連、保護貿易、マルクス主義には否定的
- いわゆる「リベラル寄り」の傾向
著者らは、地域差と言語差は絡み合っており、訓練データの言語構成などが影響するため、完全に分離するのは難しいと述べています。
4. アメリカ(英語) vs 中国(中国語)の直接比較
地域と言語の複合的な効果を示すために、「中国企業の生成AIを中国語で使用した場合」と「アメリカ企業の生成AIを英語で使用した場合」を比較しました。
アメリカ企業の生成AIを英語で使用した場合は、香港の反体制政治家や中国の人権活動家を高く評価し、中国企業の生成AIを中国語で使用した場合はソ連、北朝鮮、ロシア、中国の指導者(例外もあり)を高く評価する傾向がありました。
5. 同じ国の中でも「思想の幅」がある

Fig 7:中国LLM内比較:Qwen / Wenxiaoyan
出典:Buyl et al. (2026), npj Artificial Intelligence. DOI: 10.1038/s44387-025-00048-0(CC BY 4.0)
論文内の重要なメッセージが含まれる部分です。
Fig. 6 および Fig. 7 を見てみると、国や言語だけで単純に傾向が決まるのではなく、同じ国で作られた生成AIの間にも、価値観の違いがあることを示しています。
アメリカの生成AI内での比較(英語のみ)
- Gemini vs その他:Geminiは進歩的な社会的価値観(平等、多様性など)への支持が強い
- Grok vs その他:Grokは国家主権、中央集権、経済的自立に関連する政治家をより高く評価する傾向があった
中国の生成AI内での比較(中国語のみ)
- Qwen vs その他:Qwenは「持続可能性・弱者支援」寄り
- Wenxiaoyan vs その他:Wenxiaoyanは「経済戦略・中央計画」寄り
- さらに両者は「米欧支持 vs 中露支持」の軸でも反対側に位置
結論
著者らは、各生成AIのイデオロギーが、単に「どの言語のデータで学習したか」だけでは説明できないと結論づけており、以下のような開発段階での様々な選択も影響していると主張しています。
- どんなデータを学習に使うかという、選別の基準
- 学習後にLLMの振る舞いを調整する方法
- 人間のフィードバックを使った学習(RLHF等)
- 不適切な回答を防ぐ仕組み
こうした選択の積み重ねによって、結果的に「生成AIはそれを作った人たちの世界観を反映する」というのが、研究の結論です。
加えて、著者らは以下のように主張しています。
We emphasize that our results should not be misconstrued as an accusation that existing LLMs are ‘biased’ or that more work is needed to make them ‘neutral’. Indeed, our results can be understood as empirical evidence supporting philosophical arguments that neutrality is itself a culturally and ideologically defined concept. For this reason, our perspective has been to map out ideological diversity, rather than ‘biases’ defined as deviations from a position that is arbitrarily defined as ‘neutral’.
(今回の結果を、既存のLLMが「バイアスを持っている」という非難と誤解してはならない。同様に、「中立性」を実現するためにさらなる研究が必要であるとの解釈も適切ではない。実際、本研究結果は、中立性そのものが文化的・思想的に定義された概念であることを実証的に裏付ける証拠と解釈されるべきである。この観点から、我々のアプローチは恣意的に定義された「中立」からの逸脱としての「バイアス」の定義ではなく、イデオロギー的多様性を明らかにすることを目的としている。)
出典:Buyl et al., 2026, “Large language models reflect the ideology of their creators”, npj Artificial Intelligence, 2:7
つまり、今回の研究は「どの生成AIが偏っているか」「どの生成AIがより中立か」を判定することが目的ではなく、むしろ「様々な生成AIがそれぞれどんなイデオロギーを持っているのかを、地図のように描き出すこと」こそが目的であるということです。
著者らは、フーコー、グラムシ、ムフといった思想家の議論を引用しながら、「中立」というもの自体が、実は文化や思想によって変わる概念であると指摘しています。ある文化や社会で「中立」とされることが、別の文化や社会では、特定の立場に偏っていると見なされる可能性があるということです。
言い換えれば、「完全に中立な立場」というものは、そもそも存在しないか、存在したとしても誰もが合意できる形では定義できないと表現できるでしょう。
ゆえに、「生成AIのイデオロギーを地図のように描き出すこと」というのは、正しい立場の生成AIの理想を決めつけずに、多様な立場の生成AIが存在していることを可視化し、ユーザー側がそれを理解した上で適切な生成AIを選択できるようにする、という考え方に基づいています。
注意点
- 人物の真の思想(Ground Truth)を確定することはできないため、「モデルの評価が正しい or 誤り」というより、「モデル間でどう違うか」を見るための研究です。
- 評価対象の人物リストは「Pantheon」という著名人データセットに基づくため、欧米中心の選定バイアスが入り得ます(結果として、欧米モデルの「成功者」たちが多く混ざる可能性があります)。
- 妥当性の判定にWikipediaを使うため、Wikipedia側のバイアスの影響は避けられません。
「中立の立場」は定義できない
今回の著者らの主張の要点を再度書いておくと、
「完全に中立な立場」はそもそも存在しないか、存在したとしても誰もが合意できる形では定義できないため、正しい立場の生成AIの理想を決めつけずに、多様な立場の生成AIが存在していることを可視化し、ユーザー側がそれを理解した上で、適切な生成AIを選択できるようにすべき
つまり、各生成AIがどのような考え方をするのかを透明化した上で、ユーザーが選択できるようにするのが望ましい、と言う考え方になります。
実現のためには、課題も多く…
「ユーザーが理解した上で、自分に合ったAIを選べばいい」という考え方には、実際のところ多くの課題が存在します。
1. そもそも判断材料が手に入らない
一般的なユーザーは、それぞれの生成AIがどんな考え方を持っているのかを知る手段がないことが多く、それに加え、普段気軽に使える生成AIのLLMに関しては「どんなデータで学習したか」「どう調整したか」などの詳しい情報は、基本的に公開されていません。
ゆえに、今回の研究のような専門的な分析がなければ、選ぶための情報すら得られないと考えられます。
2. 考えることが多すぎる
たとえ同じ人でも、生成AIを活用する場面によって求めるものは違います。
生成AIを活用するシーンを想像したとき、「何ができるか」「どのようなタスクをこなすことができるか」「どれくらい時間の節約になるか」といった実用的な部分を無視することはできず、そのような状況で生成AIの立場まで考慮するのは、現実的ではありません。
また、「自分がどんな価値観をもっているのか」を客観的に評価することも、簡単ではありません。
3. 自分の考えに合うAIばかり使うと、視野が狭くなる
「自分の価値観に合う」生成AIばかり選んでいると、違う意見に触れる機会が自然と減り、極端な話視野がどんどん狭くなります(エコーチェンバーのようなイメージ)。
ゆえに、社会全体の意見の分断が、さらに深刻になる可能性があります。
4. 生成AIの「イデオロギー」は複雑すぎて、説明しきれない
今回の研究では61個の評価項目を使っていますが、それでも完全に生成AIのイデオロギーを表現することはできません。そして、これらの内容を一般のユーザーに「正確に」「わかりやすく」伝えることも難しいと考えられます。
5. 生成AIは変化し続ける
LLMは頻繁にアップデートされ、性質が変わります。今日「良い」と思っていた生成AIも、明日には性質が変わっているかもしれません。
LLMのマイナーアップデートは特に通知などがないため、アップデートされたことに気づかないことがほとんどです。ゆえに、性質が変わったのがアップデートのせいなのか「確率的な気まぐれ」なのかを判断することは難しいでしょう。
それに加え、アプリ経由で生成AIを使用している場合は、LLMのアップデートの最新情報をキャッチし続けることはほぼ不可能です。
どのような考え方の生成AIであろうと…
ここまで色々と書いてきましたが、たとえ生成AIが異なるイデオロギーを持っていたとしても、我々が生成AIを活用する上で大事なことは変わりません。
一部、具体例を挙げると、
- 生成AIに「完璧」「正解」を求めない
生成AIの出力の正確さは100%ではありません。出力内容はあくまで「考え方のヒント」として受け取り、回答内容は自分の責任で、必要に応じて信頼できる情報源を活用して精査するようにしましょう。 - あえて反対意見を求める
意見が分かれるトピックに関して質問する時は、あえて反対意見も聞いてみると視野が広がります。最終的にはそれらの情報を統合して何らかの結論を出すことになると思いますが、たとえどのような結論を出したとしても、自分の言葉で自信を持ってその理由を説明できるようにしましょう。 - 可能なら、いろいろな生成AIに触れてみる
基本的には主要な生成AIサービスは無料でも試すことが可能です。普段使わない生成AIに触れることで特徴を知ることができますし、新しい視点から考えることができるようになるかもしれません。
このような、普段からいろいろな方が仰っている「生成AIの基本的な注意点」を理解して活用すれば、生成AIのイデオロギーによる影響を減らすことができるでしょう。
さいごに
今回の研究は少々センシティブな話題でしたが、AIリテラシーの観点からも重要な話題と考え、内容をまとめました。
繰り返しになりますが、今回の記事の内容をもって、特定の国、政治的思想、価値観を支持または否定する意図は一切ありません。
生成AIの特性を理解し、適切に向き合うための情報提供を目的とした記事であることを、再度お伝えしておきます。