生成AIに「自分」を映して、自分を見直す
Knowing Ourselves Through Others: Reflecting with AI in Digital Human Debates
生成AIを「質問や要望を出して、何らかの回答を得るためのツール」として活用されている方は多いと思いますが、今回紹介する論文は、「AIで作った自分の分身を議論させると、人間は何を得るのか」というテーマになります。
デジタルヒューマンとは何か
研究で用いられた「デジタルヒューマン」は、「自分の価値観・話し方・判断傾向を反映したAIキャラクター」です。
具体的に調剤薬局の薬剤師の例を挙げると、
- 服薬指導中の自分の言葉選びの癖
- 服薬指導をするとき、優先的に指導していること
- 薬局内での役割・立場
- 医薬品に対して何らかの評価をするときの、データの見かた
こういった内容をインタビュー形式で生成AIに渡すと、生成AI側がそれを学習し、「元となった人に似たキャラクター」を生成します。
そして、このデジタルヒューマン同士に、社会的テーマのディベート(賛成・反対の議論)を行わせます。
私もそういう部分、あります
そういえば、私も自分の仕事を振り返ってみると、まあ確かに…「自分のパターン」はありますね。特に服薬指導で。
例えば、
- 抗菌薬の服薬指導では「お腹の環境が悪くなって、一時的に下痢をしてしまうことがあります」という(半ば定型文のような)説明が入る
- 食事の影響がほとんどない薬であれば「袋に食後と書いてありますが、食事が取れなかった場合でも、お薬を飲んでいただいて構いません」という(半ば定型文のような)説明が挿入される
- 幼児に1日3回服薬する薬が処方された場合は「お昼にお薬を飲むのは大丈夫そうですか?」と心の底から心配しつつ質問する
(幼稚園や保育園によっては、服薬補助をしていない施設もあるためです)
あと、とても早口です(とても反省しています)。
こうした傾向というのは、別に私が意識して創り上げたものではなく、これまでの私の経験に基づいて「自動的に」できたものです。おそらくこの現象は私に限った話ではなく、薬剤師であれば誰でも経験があると思います。
そしてこの傾向というのは、誰かから指摘されない限り、客観的に見直すことはほとんどないと考えられます。
実験の方法
今回の研究は二段階に分かれており、まずはパイロット研究、次いで高校生チームによる実験(コンテスト形式)が行われています。
パイロット研究では、成人12名(男性9名・女性3名)を対象に、「人間同士」「相手のデジタルヒューマン」「自分のデジタルヒューマン」の3つの条件で議論を行い、感情の状態・作業負荷・対話の評価を比較しました。
2段階目の高校生チームの実験では、中高生3チーム(8名男性・1名女性。各チーム3名ずつ)が6か月かけてデジタルヒューマンを設計し、4つの社会的テーマについて、ラウンドロビン形式(順番を均等に回して相手を割り当てる)の20分のディベートを実施するコンテスト実験を行い、テストやインタビュー、ログ解析でその効果を検証しました。
今回の研究におけるデジタルヒューマンを設計する際は、バックグラウンドや価値観を設定し、「こういう性格で、どんな根拠で、どう話すか」をプロンプトで作り込みます。
また、参加者は会話に参加したり遮ったりするのではなく、自分のデジタルヒューマンが話している状況を客観的に見ることを厳守します。
(補足)デジタルヒューマンが議論する仕組み

このFigure 4 は、「デジタルヒューマンが議論するまでに、どんな処理が行われているか」を示した図です。Figure 4 の水色の部分は「学生が自由にカスタマイズできる場所」を表しています。
一言でいえば、人の声を生成AIが理解し、それを生成AIが議論用の文章に変え、さらにそれをキャラクターの声と映像にして返すまでの流れを表したものです。
1. INPUT(入力)
「人が話した声」がシステムの入力になります。
「安楽死は合法化すべきでない。第一に、生命の尊厳を損なう…」といった音声が入力されます。
2. Speech-to-Text Conversion(声→文字)
音声は、まず機械が読めるように文字(テキスト)に変換されます。
これは「Google Cloud」「React Speech Recognition」の仕組みを使っています。
3. Debate Speech Generation(議論用文章の生成)
文字に変換された発言をGPT-4oが読み取り、「議論にふさわしい文章」に作り直します。
ここで生成AIは、学生が作った「system_prompt_template.txt(キャラの性格や議論方針)」「interview_transcript.txt(そのキャラの個性を決めるためのインタビュー内容)」「追加資料(PDF など)を保存したベクトルデータベース(Vector DB)」を参照して、キャラクターらしい文章を生成します。
4. Text-to-Speech Conversion(文字→声)
AI が作った文章は、次に音声(キャラクターの声)に変換されます。これも Google Cloudの「Text-to-Speech」などを利用しています。
5. Lip-Sync Video Generation(音声に合わせて、口が動く映像を生成)
生成された音声に合わせて、キャラ画像の口や表情を動かす動画(リップシンク)が作られます。これは「Wav2Lip」が「Replicate API」上で動いています。そして、ここで使われるのが「デジタルヒューマンの顔画像」です。
6. OUTPUT(出力)
最後に、声が出て、口が動くデジタルヒューマンの動画が完成し、「Video」として出力されます。
結果
1. パイロット研究
人間同士で話した時と、自分や相手をモデルにしたデジタルヒューマンと話した時とを比較しても、感情の状態(PANAS)や精神的作業負荷(NASA‐TLX)には特に大きな差は見られませんでした。
つまり、デジタルヒューマンと話したからといって、特別に疲れたり気分が変わったりすることはなかったという示唆です。
次に、参加者がデジタルヒューマンを「どのくらい自分らしいと感じたか」を評価しました。
相手のデジタルヒューマン(partner-DH)は「その人らしさがよく出ている」というポジティブな評価でしたが、自分自身をモデルにしたデジタルヒューマン(self-DH)は、平均と比較しても有意な差が見受けられないという結果でした。
面談では、ある参加者が「自分の過去の部活経験をもとに意見を述べるデジタルヒューマンを見て、たしかに自分の価値観が表れていると感じた」と話していました。
参加者はデジタルヒューマンを「自分が作ったけれど、自分とは少し違う存在」として受け止めていたことが読み取れます。
2. 高校生チームの実験(本実験)の結果
以下3点の、興味深い結果が得られました。
◎結果1. AIを通じて「自分を振り返る」体験が起きた
高校生の参加者は、自分が作ったデジタルヒューマンが議論している場面を「聞く(見る)側」に回ることで、「これは本当に自分が言いたいことだったのか」と客観的に考え直すきっかけを得ていました。
インタビューでは次のような声がありました。
- 「自分が作ったAIが話すのを聞いて、これは自分が本当に言うはずの意見かどうか、落ち着いて判断できた。」
- 「AIを通して、自分が普段どれくらい勢いだけで話しているのか気付いた。今は、自分の発言が論理的かどうかを意識するようになった。」
こうしたコメントから、デジタルヒューマンは「自分の考え方が反映されているのに、完全には自分と同じではない存在」として働き、自分自身を見つめ直す鏡のような役割になっていたと考えられます。
◎結果2. チームごとにAIキャラクターの作り方が大きく違っていた
高校生チームは、それぞれ独自の工夫でデジタルヒューマンを作っていました。
- チームA
キャラクターの性格や世界観を細かく設定し、「常識にとらわれない」「破壊的な発想をする」といった特徴を盛り込んだ。 - チームB
歴史上の人物(芥川龍之介やガンジーなど)をモデルにしながら、温度設定やトークン数などを調整して、何度も改善を重ねた。 - チームC
キャラクター性は最小限にして、代わりに大量の知識資料を読み込ませる方法を採用。文章構造が完成された「原稿」をAIに語らせるスタイルを取った。
こうして、チームによって「性格重視」「操作パラメータ重視」「知識重視」など、アプローチの幅が大きく異なっていました。
◎結果3. 生成AIリテラシーの一部向上が見られた
高校生に対して、生成AIに関する知識テスト(20問)が行われました。
- Q3「AIが得意なタスクは何か?」
参加者は非参加者より成績が良く、有意差がありました(p < 0.05)。 - 一方で、「理解」「応用」「評価・創造」「倫理」という4つの広い能力カテゴリでは、参加者と非参加者の間に有意差は見られませんでした。
また、効果量の分析では、Q3、Q16、Q19で比較的大きな差が見られましたが、Q19は参加者の方がむしろ低い傾向にあったとされています(具体的な数値は論文に記載なし)。
また、定性的な結果としては、チーム活動を通して、
- AIの仕組み
- プロンプトの作り方
- AIの文章を批判的に読む力
- 自分の思考の癖を振り返る力
などが育っている様子が観察されました。
一言でまとめると
高校生が「自分で作ったデジタルヒューマンの議論を客観的に見る」という体験をすることで、自分の考え方を見直したり、AIの仕組みを深く理解するきっかけになっていた、という結果でした。
注意点
- この研究は、中学生・高校生9名という少数かつ限定的な層を対象としており、成人・社会人・異なる文化圏などに適用できるかは不明です。
- 20問テストに関しては、AIリテラシー全体としての能力向上が示されたわけではなく、改善が見られた設問に偏りがあります。
- 研究手法が「チームで6か月開発」「専用のデジタルヒューマンを構築」といった比較的制御された環境であり、日常的な教育環境や職場環境にそのままの移行するには、ハードルが高いと考えられます。
- 参加者の「自身の考え方を見直す態度」が一時的に促された可能性は示されていますが、それが実際の行動の変化や長期的な定着につながるかは明確ではありません。
自分の服薬指導を見つめ直す手段になる?
冒頭にも書きましたが、薬剤師によって服薬指導のスタイルには違いがあって、良くも悪くも独特の「癖」があるものです。
まだ薬剤師1年目や2年目であれば、先輩社員が指摘してくれる機会があると思いますが、薬剤師としてのキャリアや年齢を重ねれば重ねるほど、癖を指摘してくれる人の数は減ってくる傾向にあると思います(私個人の見解です)。
しかし、今回の論文のアプローチを参考にすることによって、自分の服薬指導を振り返るきっかけができるかもしれません。
例えば、
1. 自分の服薬指導スタイルを学習させる
自分の服薬指導の音声(もしくはテキスト化したもの)をデータとして与え、自分風のデジタル薬剤師を構築する。
2. デジタル薬剤師が、デジタル患者さんに服薬指導を実施する
デジタル患者さんも別途構築(実際の患者さんでなくて構わない)し、自分のデジタル薬剤師に服薬指導してもらう。
3. 自分でその様子を観察、または他の薬剤師に見てもらう
あくまで観察するだけにとどめます。他の薬剤師にも同席してもらうと、違った視点からの意見が得られるかもしれません。
このような、自分の服薬指導を観察する仕組みを作ることで、自分の癖が(良い点も悪い点も)客観的に理解できるようになるかもしれません。
もちろん、この仕組みを作るのは簡単ではありませんし、先述の通り今回の研究は環境が特殊だったため、実際にこのような仕組みで服薬指導の癖が浮かびあがるかは分かりません。しかし、今回の論文のアプローチは、薬剤師の「新しい研修の形」のヒントになるはずです。研修の場でこのような取り組みをすることができれば、新人・ベテラン問わず、決して退屈することなく、自分の服薬指導を改善するきっかけになるでしょう。
もしかしたら、近いうちにそのようなサービスが登場する日がくるのかもしれませんし、実は私が知らないだけで既に存在するかもしれません。
もし「既にあるよ」という情報をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご一報ください。私が喜びます。

