論文「AIエージェントと働く未来」から、調剤薬局とAIの共存を再考する(前編)
Future of Work with AI Agents: Auditing Automation and Augmentation Potential across the U.S. Workforce
この研究は、スタンフォード大学の研究者らが、1,500人の現役労働者と52人のAIの専門家の視点を統合して844の具体的なタスクを分析した、大規模なレポートです。
このレポートを見てみると、実際に労働者側が「AIで自動化したい」と考えている業務と、AIの専門家が「AIで自動化可能」と考えている業務との間には、ギャップがあることがわかります。
研究デザイン
研究チームは、単に「AIが仕事を奪うか否か」という領域を超え、「Human Agency Scale(HAS)」という新しい「共通言語」を導入しました。これは、タスクの遂行において「人間がどの程度関与すべきか」を5段階で示すものです。

出典: Shao, Y., et al. (2025). “Future of Work with AI Agents: Auditing Automation and Augmentation Potential across the U.S. Workforce.” arXiv:2506.06576v2 [cs.CY], Figure 2.
- H1(AI主導):AIが完全に自律的にタスクを実行可能。人間の関与は不要。
- H2(AI主体・小規模な人間の介入):AIが主体だが、最適なパフォーマンスを発揮するために、最小限の人間の介入が必要。
- H3(対等なパートナーシップ):人間とAIが密接に協力し、両者が力を合わせることで、それぞれが単独でタスクを遂行したとき以上の成果を出す。
- H4(人間主体・AI支援):人間が主導するが、タスク完了にはAIの支援が必要。
- H5(人間主導・AI補助):タスク完了は完全に人間の関与に依存し、AIは補助的な役割に留まる。
研究では、現役労働者に音声インタビューを含む詳細な調査を行い、自分のタスクに対してどのHASレベルを望むか、そしてAIの専門家が技術的にどのレベルが実現可能かを評価しました。
結果

出典: Shao, Y., et al. (2025). “Future of Work with AI Agents: Auditing Automation and Augmentation Potential across the U.S. Workforce.” arXiv:2506.06576v2 [cs.CY], Figure 5.
研究の結果、労働者の「自動化への欲求」とAIの「技術的能力」の関係から、業務は以下の4つの「タスクゾーン」に分類されました。
1. オートメーション「グリーンライト」ゾーン(高欲求・高能力)
労働者が「やってほしい」と希望し、技術的にも可能な領域です。主に反復的で付加価値の低いタスクが該当します。
Figure 5に記載されている具体例としては、以下のようなタスクが挙げられています。
- Tax Preparers(税務申告担当者)
顧客との面談日程調整は、ルール化・定型化しやすく、AIエージェントとの相性が非常に良いタスクです。メール・カレンダー・CRM連携で高精度に自動化可能です。 - Quality Control System Managers(品質管理システム管理者)
定期的に報告される品質データのチェックは、異常検知やパターン認識が中心であり、AIの得意分野です。 - Mechanical Engineers(機械エンジニア)
報告書を読んで内容を解釈する作業は、LLMの進化により実用的な水準に到達しています。
業務負担が重く、かつ人間がやる必然性が低い作業が多いのが特徴です。
2. オートメーション「レッドライト」ゾーン(低欲求・高能力)
技術的には可能ですが、労働者が「自分でやりたい」「AIに任せるのはリスクだ」と抵抗を感じる領域です。
Figure 5に記載されている具体例としては、以下のようなタスクが挙げられています。
- Court / Municipal Clerks(裁判所・自治体職員)
会議資料作成は自動化可能ですが、政治的・法的配慮が多く、現場は「AIに任せたくない」と感じやすい業務です。 - Logistics Analysts(物流アナリスト)
ベンダーへの連絡自体は自動化できますが、信頼関係構築や交渉のニュアンスが重要で、抵抗感が強いと考えられます。 - Computer Network Support Specialists(ネットワークサポート)
製品調査はAIが得意でも、最終判断責任を人が負うため、「AI主導」にしたくない心理が働きます。
技術先行で導入すると反発や形骸化が起きやすいゾーンです。
3. R&D(研究開発)ゾーン(高欲求・低能力)
労働者のニーズは高いものの、現在の技術ではまだ精度が足りない領域です。
Figure 5に記載されている具体例としては、以下のようなタスクが挙げられています。
- Computer Scientists(計算機科学者)
予算管理や調整は高度な判断・予測・責任が絡み、現場は強く支援を求めている一方で、完全自動化は難しいです。 - Technical Writers(テクニカルライター)
配布計画の調整は関係者・タイミング・媒体が複雑で、AIは補助的役割で使えても、主導は難しいと考えられます。 - Video Game Designers(ゲームデザイナー)
制作スケジュールや試作目標は創造性と人間関係調整が密接に絡むため、現時点ではAIの能力が追いついていません。
AIエージェント研究が最も価値を生みやすいゾーン(研究開発を集中すべき未踏領域)です。
4. 低優先度ゾーン(低欲求・低能力)
ニーズも能力も低く、現時点ではAI化を急ぐ必要がない領域です。
Figure 5に記載されている具体例としては、以下のようなタスクが挙げられています。
- Art Directors(アートディレクター)
クライアントへの最終提案は人間の感性・説得・信頼が本質で、自動化欲求も低いです。 - Media Technical Managers(メディア技術管理者)
映像監視は人間の直感的判断が重視され、AIによる置換のニーズは小さいと考えられます。 - Ticket Agents(航空・交通窓口)
荷物追跡は一部自動化可能ですが、例外対応・感情のケアが中心で、完全な自動化は困難です。
技術投資の費用対効果が低いと判断されやすいゾーンです。
まとめると
- 自動化の是非は「できるか否か」だけでは決まらない。
- 現場の心理・責任・信頼の構造が強く影響する。
- 真に価値があるのは、グリーンライトゾーン(積極的に実装)およびR&Dゾーン(研究価値が高い)。
ということになります。
HASに関連する結果

出典: Shao, Y., et al. (2025). “Future of Work with AI Agents: Auditing Automation and Augmentation Potential across the U.S. Workforce.” arXiv:2506.06576v2 [cs.CY], Figure 6.
この図は、AIエージェント導入において「人間がどこまで主導権を持ちたいか(Human Agency)」について、現役労働者とAIの専門家の認識の違いを HASで可視化したものです。
左上のヒートマップ(a)は、縦軸に労働者が望むHASレベルを、横軸にAIの専門家が実現可能と評価したHASレベルを設定しています。
この図を見ると、多くのタスクが対角線(緑枠)よりも下側に分布しています 。これは、「AIの専門家はAIだけで完結できる(低いHAS)と判断しても、労働者は人間がもっと関与すべき(高いHAS)だと考えている」ことを示唆しています。特にH3〜H4領域でズレが大きく、現場は「完全自動よりAIとの協働」を望む傾向が強いことが分かります。
また、円グラフ(b)は「各職業において最も多く選ばれたHASレベル」を集計したものです。結果は、H3(45.2%)が最も高く、続いてH2(35.6%)、H4(16.3%)、H1(1.9%)、H5(1.0%)となりました。
つまり、多くの職業で中間的な協働モデル(H3)が望まれていることを示しています。
さらにレーダーチャートを見てみると、「人間が主導する(H5)」に該当するタスクがどのようなものかという認識が、労働者とAIの専門家との間でどう異なるのかが記載されています。
- 労働者側のチャート(c):人間が主導権を握り続けたいタスクの最大の特徴は、「対人コミュニケーション(Interpersonal Communication)」となっています。
- AIの専門家側のチャート(d):対人コミュニケーションに加え、「その領域の専門知識(Domain Expertise)」の必要性が極めて高いタスクは、人間が主導すべき、としています。
両者とも、対人コミュニケーション関連のタスクは、人間が主導していくべきであるという認識であることが示唆されました。
また、分析によると、労働者がAIにタスクを任せたい最大の理由は「付加価値の高い仕事のために時間を割けるから(69.38%)」でした。一方で、AI化を拒む要因としては「AIの正確性や信頼性への不信感(45.0%)」や「職を失う恐怖(23.0%)」が挙げられています。
著者らの考察
著者らは、「情報の処理」を軸とした、従来の「高賃金スキル」の価値が低下する可能性があると予測しています。
これまで、米国の労働市場では「データの分析」や「知識の活用」といったスキルが高い賃金に直結していました。しかし、これらはAIエージェントが得意とする領域であり、必然的に「人間が主導権を握る必要性(HAS)」が低くなると考えられます。
対照的に、AI時代に価値が急騰すると予測されているのは、以下のスキルです。
- 対人コミュニケーション
- 教育と他者への指導
- 組織の計画と優先順位付け
また、結果の項でも触れたとおり、著者らは研究・投資・実装はグリーンライトゾーン(積極的に実装)およびR&Dゾーン(研究価値が高い)に戦略的に振り分ける必要があると述べていますが、論文執筆時点におけるarXiv上のAIエージェント関連の論文は、R&Dゾーンに多く集中しているとも示唆されています。
これは非常に重要で、「現場が困っているが、まだ実用化できていない領域」に研究の方向が向かっていることを意味します。
一方で、著者は「まだ十分とは言えず、さらなる重点化が必要」とも指摘しています。
注意点
- データベースに基づいた既存のタスクを評価対象としており、AIエージェントの導入によって将来新しく生まれるであろうタスクについては、考慮されていません。
- 参加した労働者がAIエージェントの進化し続ける能力、およびその限界を完全には把握していない可能性があり、それが回答に影響を与えている可能性があります。
- 仕事の安定性や監視への懸念から、労働者が正直なフィードバックを控えている可能性があります。
- コンピューターを使用する287職種のうち、104職種(十分な回答が得られたもの)のみを対象としており、労働市場全体の完全な姿をカバーしているわけではありません。
- この論文は、2025年初頭時点の生成AIおよびAIエージェント技術に基づいたレポートであり、技術の進化に伴って実現の可能性や望ましさの状況が変化する可能性があります。
今回の知見から、調剤薬局のDXを考える
多くの方にとっては釈迦に説法かもしれませんが、せっかくなのでDXの定義を復習しておきましょう。
DXとは…
企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること。
経済産業省「デジタルガバナンス・コード3.0~DX経営による企業価値向上に向けて~」
2ページより一部抜粋
でした。
要するに、「データやデジタル技術(AIも含む)を活用して、めまぐるしい社会の変化に対応すること」をDXと呼びます。
単にデジタル化で「AIを導入しました!」と言うだけでは不十分で、そのAIの導入を「患者さん満足度の上昇」「スタッフの労働環境の改善」といった成果に繋げ、患者さんにとってもスタッフにとっても魅力的な薬局に成長させることがDXの本質と言えるでしょう。
そして、今回の研究の考え方は、調剤薬局のDXを進める上でも応用できるはずです。
調剤薬局の業務の多くは、技術的には機械やAIで代替可能と考えられますが、それと同時に、論文でも触れられていた「対人コミュニケーション」「専門知識」が必要とされる業務も多く存在します。
ゆえに、技術的に代替可能であることと、実際に代替して良いかは、別の問題として考えていかなければなりません。
そして、この内容を踏まえて調剤薬局の業務を再定義…しようと思ったのですが、すでに5,000字を超えてしまっているため、分割させていただきます。すみません。
調剤薬局の業務を整理して、調剤薬局にAIを導入するにあたって「何をどこまでAI(エージェント含む)に任せて良いのか」を整理した内容を、明日改めて投稿したいと思います。
ちなみに
以前、noteに「調剤薬局に、どこまでAIを介入させるべきか」という記事を投稿しましたが、この記事は、McKinsey & Companyが示した「エージェンティックAI(agentic AI)による意思決定フレームワーク」をもとに、調剤薬局にどこまでAIを介入させるべきかを考察したものになります。
このフレームワークは「リスク」と「複雑さ」の2つの軸で考察したものになりますが、今回の研究内容とも共通する部分が多数あります。
明日の記事では、この部分にも触れて考察していこうと思います。