津田健次郎さんの「声」に関する裁判の、判決を見てみましょう
元記事:声も「パブリシティ権」の対象、声優・津田健次郎さんが「TikTok」を訴えた裁判で初判断 – 弁護士ドットコムニュース
こちらの記事は、AIを使って人の声をまねる行為に対して、東京地裁が「声もパブリシティ権の保護対象になり得る」ことを初めて明確に示したという内容のものです。
2026年8月の法務省の報告書では、「顔や氏名と同様に、声もその人を識別し、その人の人格と結び付く情報になり得る」ことが明記されましたが [1] 、この方向性と整合する司法判断といえるでしょう。
判決によると…
何があったのか
TikTok上で、津田健次郎さんの声に似たナレーションを使った動画が投稿されていたことが発端です。
東京地裁の判決によると、2024年7月から2025年9月までに188本が投稿されており、該当アカウントには21万人以上のフォロワーがいたとされています。コメント欄にも、「津田さんの声ではないか」と認識している視聴者の投稿があったことが判決文に記載されています [2] 。
津田さん側は、
- 自分の声には著名人として人を引きつける価値がある
- その声に似せた音声を利用して動画の再生数を伸ばしている
- これは自分のパブリシティ権を侵害している
などと主張し、TikTok運営会社に動画の削除を求めました [2] 。
【補足:パブリシティ権】
氏名、肖像、声などが持つ「顧客を呼び寄せる力」を、本人が排他的に利用できる権利。
東京地裁は「声も保護対象になり得る」と判断した
人の声は、人の肖像と同様に個人の人格の象徴である
東京地方裁判所 令和8年9月30日判決 令和7年(ワ)第70635号 投稿記事削除請求事件
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-97097.pdf より一部引用
東京地裁は…
- その声に「顧客吸引力」があり、
- その顧客吸引力を利用することを目的として無断使用する
ような場合には、パブリシティ権侵害になり得ると判断しています。
つまり、「有名声優の声そっくりにAI音声を作る→その声を目当てに視聴者が集まる→再生数などから収益を得る」という使い方の場合、パブリシティ権の侵害にあたりうるという方向性が示されたといえます。
ただし、津田さんの請求は棄却された
仮に被告に削除義務が生じ得るとしても、前記⑴によれば、口頭弁論終結時までに、被告において削除の対象である本件各記事を削除したことが認められ、被告が更に本件各記事の削除義務を負うものではないから、原告の請求はいずれも理由がないことが明らかである。
東京地方裁判所 令和8年9月30日判決 令和7年(ワ)第70635号 投稿記事削除請求事件https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-97097.pdf より一部引用
今回の裁判では、原告の津田さんの請求自体は棄却されています。
それは「AIで声をまねても問題ない」と判断されたからではなく、裁判の途中で問題となっていたTikTokアカウント自体が削除されたためです。
判決では、投稿者が2026年5月29日にアカウントを削除し、30日以内に復旧申請をしなかったため、6月28日までに対象のデータがTikTokのサーバーから削除されたと認定されています [2] 。
そのため裁判所としては、「すでに存在しない動画に関して、TikTokに改めて削除を命令する必要はない」という結論に至っています [2] 。
東京地裁は「この動画は実際に権利侵害だった」とまでは判断していない
先述の通り、東京地裁は「声もパブリシティ権の対象になり得る」ということを明確に示しました [2] 。
しかし、対象の動画がすでに削除されていたため…
- 本当に津田さんの声と十分似ていたのか
- 実際に津田さんの声の顧客吸引力を利用していたのか
- この188本の動画が実際にパブリシティ権を侵害していたのか
- 不正競争防止法違反だったのか
といった残りの争点については、それ以上判断が下されていません [2] 。
ゆえに、今回の判決をもって「AIで有名人そっくりの声を作る行為自体が『違法』になった」と考えることはできず、あくまで「有名人の声にもパブリシティ権が成立し得るため、AIで有名人の声を再現して、その知名度・集客力を商業的に利用すれば、権利の侵害につながる可能性がある」と解釈するのが妥当でしょう。
「声をみだりに利用されない権利」はどうか
偶然に、生成AIにより他人の声に一定程度類似する音声を生成し、当該音声が他人の声に類似していることに気付かないまま、これを公開するに至った事例では、肖像権侵害の判断と同様に、故意又は過失の有無等の判断に影響を与える可能性があるほか、類似性の程度が高いものといえない場合には、そのような事情が受忍限度の枠内で考慮され、声をみだりに利用されない権利の侵害が否定されることも考えられる。
他方で、偶然に他人の声に類似する音声を生成した場合であっても、当該音声が他人の声に類似している事実について、公表前に利用者において認識したとき((又は公表後に認識したにもかかわらず、公開を継続したとき)は、その公表行為が声をみだりに利用されない権利の侵害となる場合もあると考えられる。
法務省「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会 取りまとめ報告書」
“https://www.moj.go.jp/content/001468286.pdf” より一部引用
つまり、「類似の程度が弱く、生成した側もそれに気付かないまま公開した場合は、権利の侵害ではないと判断される可能性がある」としつつも、「誰が聞いても本人に類似しており、公開前に確認すれば気付けたはず」と判断されれば、知らなかっただけでは済まされない可能性があります。
加えて、公開前に似ていると気付いたのにそのまま投稿した場合や、公開後に指摘を受けても掲載を続けた場合には、権利の侵害と判断される可能性が高くなると考えられます。
私の記事 “法務省が示した「声の権利」に関する報告を読んでみましょう” より一部引用
この記述は厳密に言うと「声をみだりに利用されない権利」に関する記述なのですが、仮にこの内容を今回の事件に当てはめて「声をみだりに利用されない権利」について考えてみると、最初に音声を生成した時点で「本当に偶然、津田さんに似てしまった」のであれば、偶然だったという事情が考慮される可能性があると考えられます。
しかし、視聴者から「津田健次郎さんの声に似ている」と繰り返し指摘されたにもかかわらず、投稿者自身が「津田さんの声を無断学習したものではない」と説明し、同じ音声を使った動画の公開を続けた場合は、法務省の報告書が述べる「公開後に似ていることを認識したにもかかわらず、公開を継続した」状況に近づき、声をみだりに利用されない権利の侵害に該当すると判断されるかもしれません。
今回の判決が重要な理由
「AIで他人とそっくりな顔を生成した場合、肖像権やパブリシティ権の侵害につながる可能性がある」という話は、比較的イメージしやすいでしょう。
一方で、「AIで他人とそっくりな声を生成した場合、いったい何の権利をもって保護するのか」に関しては、少なくとも日本では明確ではありませんでした。
しかし今回、「人の声は、人の肖像と同様に個人の人格の象徴である」と判決に明記されたことにより、既存のパブリシティ権の考え方を適用できる可能性が示されたといえます。
よって、今後は声優だけでなく、「俳優」「歌手」「ナレーター」「VTuber」「配信者」など、声そのものに商業的価値がある人の声をAIで生成した場合についても、この判決が参照される可能性があります。
たとえ故意でなかったとしても、自分のコンテンツに対して、周りから「あの人の声に似てる」という指摘が多くあがった場合は、削除もしくは音声の差し替え等で誠実に対応するようにしましょう。
参考資料
[1] 法務省「肖像、声等の無断利用による民事責任の在り方に関する検討会 取りまとめ報告書」
https://www.moj.go.jp/content/001468286.pdf
[2] 東京地方裁判所 令和8年9月30日判決 令和7年(ワ)第70635号 投稿記事削除請求事件
https://www.courts.go.jp/assets/hanrei/hanrei-pdf-97097.pdf